言葉のランドスケープ

日々のときめき・きらめきを見つめて

運命に花丸

高校時代を一緒に過ごした友人達は、本当に個性の際立った人ばかりで賑やかしかったけれど、その内のひとりが学内の男子にひとめぼれをしたことで、学校生活は一層に騒がしさを増したよなあと思う。

恋に落ちた彼女は事あるごとに
『今までと違う、運命だと思う』と目を潤ませながら、この恋がいかに特別なのかということを、私たちへ熱く演説していた。

極端な言葉を以ていた割には、彼女から初めて声を掛けた際の彼は、少しも関心がなさそうに彼女をかわし、そのかわし方も紳士な振る舞いとは言えず、相手からどう想われたって構いやしない、終始そんな態度だった。

照れているわけでもなさそうだし、男女のことに疎いわたしでも気付く、そのふてぶてしさは大丈夫なのか?と、少し離れた物陰から前途の多難さを感じていた。

それでも彼女はめげずに、数ヵ月後、周囲の力添えもあって彼の連絡先を手に入れた時は、求婚されたのかと見紛うほどの有頂天ぶり、比喩ではなく本当に学校の廊下で飛び跳ねていた。
はしゃぐ彼女を見て、その様子通りここが頂で、望んでもいない下山が間もなく始まるんじゃないの、と不安は募るばかりだった。

『何でそんなに後ろ向きなの、友達なら行く末を信じて応援してあげれば』と、突っ込まれそうな考えばかり過らせていたけれど、成就してくれたら何よりとも願っていたはずだ。

でももしや、自分は彼女に対して非協力的だったのかもしれないな、と思えてしまう出来事がひとつある。

午前の授業が終わり、意中の彼が友人らと学外へ繰り出すのを見て、獲物を定めた肉食動物みたいな眼光をした彼女から
『付いてきて!』と腕を引っ張られ、彼御一行の後を付けた事があった。

絶対に目を離さないように、でも後を付けているとは悟られないほどには距離を保って、偶然を装って同じお店へ入るべし!魂胆はそんなところだ。

けれど人混みにまみれて一行を見失ってしまい、たちまち彼女が慌てだした。
『ここで見失ったから、まだ近くにいるはず!学生が入れそうな定食屋はここしかないよな~あぁでも曇りガラスで、お店の様子が見えないよ!』
そう言ってうろたえる彼女を、まったく他人事として傍観していた覚えがある。

それからしばし考え込んでいたようだけど、チャンスがあるのなら、絶対に逃したくはないわけで
『ありちゃんお願い、一生のお願い!一緒にお店入って!わたしの恋を応援して!』と、手を合わせて必死に懇願してくるも、わたしときたら

『え、やだよ、わたしお弁当持ってるもん。それに本当にこのお店へ入ったのか、分からないじゃん』と、何の躊躇も挟まずにお断りをした。

今生の願いを、そんなきっぱり取り下げられると思っていなかった友人は、ひきつった顔で、合わせた手のしまい方が分からずに戸惑っていた。
それからお店を物欲しそうに眺めていたけど、ひとりで入るのは忍びないようで、帰ろうよ、と私から声を掛けて、来た道を戻ることになった。

足早に歩くわたしの側に彼女がいないことに気付いて、後ろを振り返ると、お店の方を気にしながら、牛でも引いているのかのようにゆっくりと歩く姿が見えた。
『後ろ髪を引いてほしい、と望んでいる間は叶わないんだよね・・・』

互いの譲れがたさから歩調は揃わなかったけど、それでもふたり一緒に学校へ戻った。

(自己弁護になりますが)頼まれ事を断った時には、無駄に心を乱す私があんなにも無下に断るだなんて。
その日のお弁当に、よっぽどの好物でも入っていたのではないかなぁ。

* *

そんな風に、音を立てない片想いでもなかったのに、状況は一向に変わらず、ついには
『夢に彼が2度目の登場を果たした、だから運命』とまで言い出し始めた。

『それならわたしは50人くらい運命の人いる、うわぁ選び放題』と、余計なことを口走りそうになりつつ、簡単に吹き消されてしまいそうな、自分だけのジンクスにすがりたい気持ちもこそばい程に理解できたから、それを見守る力に変えようと思った。
他の皆も、同じ気持ちに違いなかった。

女の肚には、小さな自分の分身が住んでいて、その小さな彼女達は絶えずテレパシーで通じ合っているから、本当には何も隠し合えず、潔い関係にしかなれないと思う。

だから彼女も本当のところでは、彼と未来を築いていくのは難しいこと、そのことを皆わかっている上で口にしていないことまで、総て見通せていたはずなのだ。
意識の上でだけ切り分けて、見えないところを作って、切ない顔を誰かへ映して、ただ私たちは遊んでいるだけかもしれない。

それでも外側にいる彼女は、自分を奮い立たせてくれるだけの言葉をまだ欲していた。

身近にいる私たちには、もうそれは差し出せなくなっていたから、貰えそうな人へ繋がるためだけに、知り合いを手当たり次第に増やしているような時期さえあった。
数千円が大金の年頃でよかった気がする。そうでなきゃ、占い師の元を渡り歩いていたんじゃないかな、と思えるもの。

それからしばらく経ったあくる日の夜、唐突に彼女から電話が掛かってきたことがあった。
いつもより、ずいぶん低い調子の彼女の声が気になりながらも、バイトや課題のことなど、他愛ない話を延々と交わし合っていた。

『・・・これからは大切なことほど、本当に親しい人にだけ話すようにする』
電話の切り際になって、一層低い声で発した彼女の言葉を聞いて、なにか悔しい思いをしたんだろうな、と感じ取った。
『けれどそれは、自分が蒔いた種のせいなんだ』と自覚していることも声色に滲んでいたから、追求はせずに、そっか、と一言だけ返答した。

当時は今以上に格好つけで、人から見えない心の領域ですら品行方正であらねば、と課していたわたしからすれば(がさつなことはバレバレだっていうのに)
形振り構わない彼女の行動に、呆れだけではなく、羨ましさがあったことも本心だった。

そしてやはりと言うか、焦がれた彼と恋人関係になることはなかったけれど、ドラマって思いがけない方角から降ってくるんだな!と思わせられたのは
“彼を熱心に追いかけていた彼女”に一目惚れした同級生が現れたことだ。

その同級生が彼女へ執心して、追いかけ回すのを見て
『えっ因果応報?』と、当初は少し冷やかに見つめていたけれど、長期間の猛烈なアタックを受けて、彼女は彼の気持ちを快諾し、いまその二人は夫婦になっている。

日常の選択の結果が運命になっていくだけであって、後になってから好みの場所を切りとって、額に入れて、大げさな名称で呼び指しているだけだ。

でも、もしも運命に表裏があるとしたら、彼女の片想いの数ヵ月は、裏側と呼ぶ方が相応しいのかもしれないなと思う。

彼女ほどの行動力はなかったものの(彼女を盾にしているみたい)わたしも他の友人達も同じように、実りなさそうな恋へかまけていた時期がある。
こんなに情熱を抱かせられた相手なら、運命に違いないからなんて、力技だけで事を運ばせようとしていた。

ただ、運命という言葉を軽々しく扱っていた事は、幼かったんだと片付けられるものではなくて、切実に希望を求めていたからなんだと思う。

実はみんな、怒ったら何をしでかすか分からない母親に脅えたり、弟ばかり可愛がって自分には目もくれない父親に寂しさを募らせていたり、一見は信頼の形をとっているようで放任主義の親元にいたりと、それぞれに夜を過ごす場所では、心細い思いをしてばかりだった。

もうすぐ選択肢が増えることにそわそわしつつも、大人になったからといって、劇的に自由や力が手に入るわけではないことも知ってしまっていて、抱えている心許なさすべてを、やりくりできるはずなんて無かった。

『だからこの境遇と同じくらいのさだめで、うんと幸運も舞い降りてくれるはず。きっと彼がそれそのものなんだ。あの人が手を引いてくれたら、まぁ帳尻も合うから許してやるか!だってそうじゃなきゃ、不公平だ』

なんて尊大な態度なんだろう。
でも、人生に拗ねて、世界や誰かを恨みっぱなしよりかは、まだずっと救いがあるように感じられるのだ。

* *

皆で教室の机を合わせて、はしゃいでばかりいたあの頃に意識を飛ばして、賑やかしい輪っかを上から見下ろせば、なんだか笑みが自然とこぼれてくる。

もしも彼女達へ直接語りかけることが出来たとしても、何も訴えたりはしない、もう充分なほど懸命に生きているのだから。

その代わりになんだか、祝福の意味を込めて頭上へお花を降らせてあげたくなった。
大ぶりなお花よりも、小ぶりなものをたくさん散らす方がいいな!と閃いて、それはどうしてだろうと閃きの奥を覗きに行ったらば、彼女達の内側にある空洞にお花がうまく入り込んで、たった一晩だけだとしても心細さが和らいでくれたらな、そんな祈りに寄せたものだと気が付かされて。

もうこんなにも時間は経っていて、運命なんてなくても大丈夫、そう言える自分を迎えた今になって
『あなたの青春時代は花丸に違いないですよ』
まるで思い出から、そう語り返してもらえたような気がした。

Arisa